デルタ
千慶烏子著
ISBN: 978-4-908810-26-8, 978-4-908810-04-6
…物語の主人公であり、かつ物語の語り手であるデルタという謎めいた女の正体が明らかにされるやいなや、彼女の語る物語は反転し、その空間は一転して起伏に富んだものになる。特に中盤以降は、映画のカットバックを思わせる断章の構成が非常に有効に活用されており、序盤で丹念な布石を打って展開されたヘスペリアという舞台装置そのものが顛倒し、反転画像のように描かれるさまは、着想の天才と言われる千慶烏子の想像力が如何なく発揮されている。ここはもう難しいことを言わず、ただ唖然としてそのイマジネーションを堪能するのが良い。そして、本書で最も重要な終盤に差し掛かる。一人称で「わたし」を語るデルタの正体、彼女の語るヘスペリアの正体が明らかにされた後で、デルタは「語り手に知らされていない本源的な謎」にぶつかることになる。この謎の中の謎、謎の中にあって謎そのものを否定する謎に本書のすべてが集約されている。この構成が秀逸であり、そして卓抜である。全てを知っているはずの語り手が「わたし」の中に「わたしの知らないわたし」を発見し、彼女を否定する彼女自身に遭遇するのである。同時に、彼女の謎の中に隠されていた本当の謎が「語り手であるわたし」を蝕んでゆくことになる。この過程を実に丹念に、そして情感豊かに千慶烏子は描いており、デルタの語る一人称の話法は、愛の苦悩と実らない運命をめぐる魂の告白となって、読む人の心に迫るにちがいない…