SCREWPENDULUM

ねじふりこ

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-30-5, 978-4-908810-15-2

 01

ぼくはあいつがとりすましてばかりいるからきらいだ、と少年が言ったのはいったい誰に対してであったろうか。


 02

女性性の沃野に突き刺さった棘であること。つまりパレドロスの知的な、そしてときどき軽薄になる男根であること。


 03

いずれにせよ語られねばならないのは少年の陰茎であって男根ではない。女陰的抑圧とたたかうためのひとつの脆美な橋頭堡。


 04

ignorance 無視すること。無知であること。少年の半勃起の陰茎はギリシアの蟻のように感じやすい。


 05

ignorance ときどき砂漠の大蟻食いが少年の陰茎をしたたかに噛む。ねむの樹幹にかかるひからびた悲鳴。去勢された者どものひややかなどよめき。痩せた梢に止まってうなる風。眠れる死者はことわりもなしに目覚めをわらうな。


 06

さあおねむりなさい、子供たちよ。息をつまんでおやすみなさい。尖った鼓動は息をまるめて、鈍い鼓動は息をはかって。さあおねむりなさい、子供たちよ。おまえたちの耳朶を齧って、ほら、また太陽が枕辺をすりぬけてゆく。


 07

ignorance むくどりのねむりはまるい。それはなにも知らない。赤い顔をして首を吊っている窓のそとの大男のこと。ささくれた伽藍のちっぽけなひとつの裂け目のこと。女たちの膝裏をはいのぼる青銅の蟹の甲殻のこと。相同のねむりに落ちたむくどりたちは、夜半、夢のこだまを食べて画一的に太る。


 08

たとえば、ひまわりとごろつきの相似性をはかってみること。


 09

ignorance それは街路樹のこだまのように匿名化する。発信者不明の「悪い風」。君は、受精後三日の卵黄にはしった真紅の編目を思い浮かべよ。


 10

太陽に悪態を吐いている少年の陰茎は、そのはなばなしい虚言をもって語られねばならない。疎んじられて丸くなるむくどりたちの陰茎は、加速する遊戯の速度をもって語られねばならない。雪の降る朝、地表をおおったマーテル・マッキーナの網状組織が、少年の大嘘をひややかにわらった。――乳房を噛む子供の口唇とおのれの身体を噛む少年の陰茎とをくらべてみること。


 11

測鉛もしくは針、魚をつるための。


 12

おまえの左の胸乳にある柘榴をもいで啜りなさい――砂岩でできた女神の心音に耳をすまして、少年は、あしたは市場へ行って孔雀を見よう、とひとりわらった。


 13

心臓。それは舌のない鈴。


 14

半勃起の陰茎、それはわれわれの知る外貌とはうらはらに、少年の身体に突き刺さったひとつのもしくは無数の棘である。顴骨のたかい痩せた女が赭い太陽に接吻するのを少年は見た、たしかに。


 15

満月の泉に糸を垂らして釣り上げた魚の乳房のかたちを、少年はいかほど克明に描いてみせるのであっただろうか。享楽、もしくはあらあらしい無秩序。あるいはこれを飼い馴らす方法について思案をめぐらすこと。糸をもってする捕獲の方法と網をもってする漁労の方法との本質的相違を、われわれはあらためて思考する必要に迫られている。網を破って夜陰におどる大魚の背鰭に、月の光はしぶきをあげて、珊々ときらめきを散らすのであっただろうか。


 16

宇宙の開闢が胡桃大の甚大なるエネルギーの塊をもって語りだされるとき、榛の実よりもやや大きいそれをわれわれはおのれの鳩尾に見いだしはしないだろうか。横隔膜の羽をひろげてはばたく尾の白い鳩のはばたき。くうぽうるくうぽうるくうぽうる。爆発する。それは詩的跳躍。


 17

少年の身体をひとつの特異な場として想像力と快楽は美しい出会いをとげる。その交点に位置するのは少年の半勃起の陰茎。それは偶然性の所産なのだろうか、それとも定式化しうる函数の座標上の任意の点にすぎないのだろうか。いずれにせよ、それは芽吹く。それは生える。君は、途方に暮れている少年をひっつかまえて五月樹に吊るせ。(メイ・ポール)


 18

孔雀をひとつほふってやること。


 19

あなたの口唇はわたしのからだにおもいのです。あなたの口唇はわたしのからだをうごけなくしてしまいます。あなたの接吻は聖なる騎士の一撃のように、わたしのからだにふかぶかとつきささって、そこにおびただしい亀裂をはしらせてしまいます。ひびわれたわたしのからだからあふれる水は朝鮮薊のはなびらをぬらすのでしょうか。柘榴の果実をうるおすのでしょうか。おごそかに胸のあわいをつたうそれ、ゆるやかにわたしのうなじをすべるひれ、あなたの吐息は蔓伝う錨鎖のように、わたしのからだにはおもいのです――おのれのからだに分銅をたらして、少年はまた今宵も、ひとりでする姦淫をするのであったろうか。


 20

測鉛もしくは針、魚をつるための。おのれのからだをのぞきこむ少年のまなざしは、ひとつのからだにしくまれた世界のしくみを、にらみつけるような眼で見ているひねられた鳥のまなざしであったりもする。


 21

メランコリアの鰭。もしくは鱗片、釣り上げられた魚の。言葉をうしなった少年の喘ぎは融通のきかない身体の不実をなじっている寡婦の黒い嗟嘆であったりもする。またときにそれは、うっとりと享楽をうったえるうつむけられた山桃のやわらかな呻きであったりもする。


 22

名前は。――レギオンといいます。おおぜいいますから。


 23

海中に没した都では、尾鰭のあるおびただしい海の嘆きが、往時の日々を語らうでもなく、獅子の彫像やもはやそのつとめをはたさぬ水盤、広壮な邸宅や舗石の美しい街頭にからだをやすめては優美に泳ぎわたってゆく。鳥の名前、花の種類、島嶼のかたちなど。彼のパノラマ島に見いだされるそれらのものを、少年はひとつの女性的なるものとして永遠にこれを秘匿する。鰭とたわむれる夏の夕暮れ。享楽という名の禁じられた性。少年をのみこんだ海はあまいか。


 24

ねじふりこ――母方の伯母の娘であるキンパラの従姉妹は、おのれのうちに動力をもったあらゆるメカニックに対するいささかの偏愛をもって、少年の陰茎をそう呼ぶのだった。海洋性の享楽と太古の母権にはぐくまれた幸福な陰茎、それはひとつの永久機関。またそれは、ナイーブな愛の原理。鳩舎のやわらかい胸におしつぶされて圧死するような夢を、眩暈と呼んではばからない身体のしくみが、かかる神話時代に形成されるものであるのだろうか。窓のむこうでは嫉視にあえいでいるダリアの群落。それを薙ぎ倒しているのはうつくしい脛をもった有史以前の女たち。そのくるぶしと青空、とびたつひばりはにくしみもなしに、牡牛を鈍角に渡海する。

*続きは電子書籍版『ねじふりこ』でお楽しみください。

BOOKS

千慶烏子『ねじふりこ』

ねじふりこ

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-30-5, 978-4-908810-15-2

君は烏子というものをどう考えるべきなのか――。君はこれを捩子や振子あるいは浮子のようなものだと考えるといい。僕たちの机の右側の上から二番目の引き出しに仕舞われたまま忘れ去られている何か重要なものであり、開けるたびに僕たちを戸惑わせたり混乱させたり魅了したりするあの風変わりで貴重な何かなのだ――。

その独自の作風から「わが国の自由詩の作品史にかつて現れたことがない」と評されるれる鬼才の詩人千慶烏子の処女作品『ねじふりこ』をデジタル出版。二十世紀末、90年代という時代の引き出しの中に仕舞われたまま忘れ去られている重要な何か、読むたびに読者を戸惑わせたり混乱させたり魅了したりする風変わりで貴重な何か――おそらくは、百余の断章で構成される本書の核心に横たわっているのは、この何とも名付けがたい、途方もなくわれわれを魅了するあの「何か」であるにちがいない。烏子と捩子と振子のパノラマ島奇譚。

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千慶烏子『やや あって ひばりのうた』

やや あって ひばりのうた

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-03-9, 978-4-908810-10-7

天使との格闘──。詩的表現のはじまりに横たわるかくも美しく破壊的な神話的光景。書くことを呼びかけるものと呼び止められて詩を書く詩人とのあいだの原初的な闘争の光景。詩人は溢れんばかりの才能を駆使して「天使との格闘」に立ち向かう。日本の九十年代を代表する傑作と絶賛された千慶烏子の『やや あって ひばりのうた』。

あなたは妹の黒い靴下をはき、わたしはお兄さまの革のベルトをしめて、おたがいの胸乳をおのおのの口に吸い合うのです。あなたは妹の黒いリボンをつけ、わたしはお兄さまの黒い靴紐をしめて、おのおのの口に青い鱒をつりあげるのです。水しぶきをあげて勃起している青い魚をおたがいの口にさがしあてては、それをおのおのの口に吸い合うのです。そうしてあなたはわたしの野良猫のようにまるいおなかに、そうしてわたしはお兄さまの牝猫のようにきれいなおしりに、杜撰な虚言を突き立てあってはおたがいの青い鱒をおのおのの口に吸い合うのです。(本書より)

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千慶烏子『ポエデコ』

ポエデコ

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-05-3, 978-4-908810-27-5

自転車を押しながら坂道を登ってゆく彼女を見つけてマリと叫んだ。僕たちの夏の始まりだった。僕たちはその夏一緒に過ごそうと約束していた。誰にも内緒で、自転車を走らせ、一晩でいいから湖のほとりのコテージで一緒に過ごそうと二人だけの約束をしていたのだった。僕は彼女を見つけて名前を叫んだ。半袖のブラウスからのぞく肌という肌のすべてが美しく、額に結んだ粒のような汗までが美しかった。僕たちは夏の盛りの泡立つような虫の声に煽られながら…(本文より)

脱現代性の詩的方法論──。デコンタンポランという聞き慣れないフランス語は、現代性の危機に対抗するべくして詩人の作り出した新しい文学上の方法論だ。英語に置き直すならばディコンテンポラリー、脱構築の脱が加えられた現代性、すなわち脱現代性の方法論だ。──対抗的であり、挑戦的であり、攪乱的であるような想像力のかたち。千慶烏子のポエジー・デコンタンポレヌ。珠玉の三十篇を収録。

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