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P.P.Content Corp.の新しい挑戦──。2017年より、P.P.Content Corp.は千慶烏子の電子書籍の出版を始めました。より広く、より多くの読者の皆さまに、読みやすくスタイリッシュなデザインで、詩人の書物を届けるP.P.Content Corp.の新しい挑戦が始まりました。ぜひ一度ブックストアにお立ち寄りください。

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千慶烏子『ポエデコ』

ポエデコ

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-05-3, 978-4-908810-27-5

自転車を押しながら坂道を登ってゆく彼女を見つけてマリと叫んだ。僕たちの夏の始まりだった。僕たちはその夏一緒に過ごそうと約束していた。誰にも内緒で、自転車を走らせ、一晩でいいから湖のほとりのコテージで一緒に過ごそうと二人だけの約束をしていたのだった。僕は彼女を見つけて名前を叫んだ。半袖のブラウスからのぞく肌という肌のすべてが美しく、額に結んだ粒のような汗までが美しかった。僕たちは夏の盛りの泡立つような虫の声に煽られながら、乾いた唇に唇を重ね、早熟な愛の感情におたがいの肌を寄り添わせるのだった。峠を越えると右手に湖を望んで下り坂を…(本文より)

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千慶烏子『アデル』

アデル

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-28-2, 978-4-908810-02-2

海辺にひびく鳥の声を美しいと思った。頬を撫でて行き過ぎる潮のかおりをいとおしいとわたしは思った。もう二度とパリに戻ることはないかもしれないというわたしたち家族の深い絶望の色で、瞳に映るものすべては暗く沈んでおり、また、夜ともなればいつも父を苦しめる亡姉レオポルディーヌの痛ましい記憶にわたしたち家族の思い出は逃れようもなく囚われており、わたしたちは、パリを遠く離れた小さな島の小さな街で息をひそめるように深い喪のただなかにいた。しかし、海辺にひびく海鳥の声を美しいとわたしは思った。頬を撫でて行きすぎる潮のかおりをいとおしいとわたしは思った。この肌にふれる海のひびきが…(本文より)

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千慶烏子『クレール』

クレール

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-06-0, 978-4-908810-08-4

思えば、あの日はじめてサーカスの馬屋で見た中国男がわたしに微笑みかけることをせず、罌粟の咲き乱れる裏庭の片すみで、弦が一本しかない中国のセロを弾いてわたしたち家族を感嘆させることもなく、柔らかいなめし革のような肌を輝かせてわたしの手にうやうやしく接吻することもなく、そのまま馬に乗ってこの小さな村から出て行ってくれたのなら、どれほどよかったことだろうか。葡萄摘みの女たちがまだ早い新芽をいらって夏の収穫に思いをはせるころ、時おり吹く風に初夏の緑が柔らかな若葉をめぐらせるころ、はるか西の果てに海洋を望むアキテーヌの領地に幌を寄せ、どこか物悲しいロマの男たちの奏でる音楽に合わせて…(本文より)

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千慶烏子『TADAÇA』

TADAÇA

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-18-3, 978-4-908810-32-9

あなたはその女(ひと)の胸を吸う。その女の胸のあわいなでしこの蕊をあなたは吸う。その女の腋のすこしばかり湿った暗さをあなたは吸う。愛しい女の肌もあらわなその場所に触れつつ暮れる夏の日のあまいかげりをあなたは吸う。ときどき吹きみだれるその女の髪があなたのほほをかすめることもなく、ときどき耳朶にぬれるその女の髪があなたの指をこばむこともなく、ひだりにむけ、そびらをかえし、あなたのそこに、その口もとに、またその耳もとに、その女の息を散らすあなたがたの夏の臥床にあなたは吸う。みずみずしくひもとかれたその女の肌のしずかなうるおいがあなたのうなじにめぐらされ、もうとうにはだかであることにも飽いたその女の脚が…(本文より)

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千慶烏子『デルタ』

デルタ

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-26-8, 978-4-908810-04-6

この海に終わりがあることをわたしは知っている。でも言わない。あの空に限りがあることをわたしは知っている。でも言わない。夕映えにかすむ希薄な空を染めて遠く沖合いに沈もうとするわたしたちヘスペリアの太陽は、本当は太陽ではなく、太陽の廃墟だということをわたしは知っている。でも言わない。言わないのは禁じられているからではなくて、誰もわたしに聞こうとしないから。訊いてくれたら話してあげるかもしれないけれども、誰もわたしに聞こうとしないから。永い永い航海の果て、弔いの歌もなく死んでいった男たちのことをわたしは言わない。もはや忘れられて久しい故郷の歌と残された子供たちの旅路の行方をわたしは言わない…(本文より)

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千慶烏子『ねじふりこ』

ねじふりこ

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-30-5, 978-4-908810-15-2

挿画の森にたたまれた首の長い佝僂の花嫁。鳥の半身をもってときどき嬌々とさえずる彼女のくるぶしは、いったい何とひきかえに失われてしまったのだろう。まるい下腹、ゆたかな乳房、そのやや暈のひろいふぞろいな臆見にしくまれた青空のふりこは、いったいいつまで退屈な時を刻み、忘れられた俗謡を彼女にうたわせるのだろう。「たくらまざる世界の乳房」、「たくらまざる天国の果実」、「蜂と蜜蜂たちにささげられる蜜月の賜物」。南を指して錆びついた雄鳥のジャックが、使い古された卑俗な俚言をたくみに弄して彼女に言い寄った昨日の、夏の晩景の暮れなずむ蔵書の叢林を、少年はいったい誰に内緒で見たのだろうか、印度更紗の色褪せた捺染のかたわらで…(本文より)

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NOTE

千慶烏子の書籍にはすべて詳細な解説が用意されています。購読案内として、また作品をめぐる論考や批評としてご覧ください。作品の解説を読むにはメニュー項目から「NOTE」を押してください。下の作品画像または「READ MORE」を押すと解説の続きを読むことができます。解説は各ストアでもご覧いただけます。

千慶烏子『TADAÇA』

TADAÇA

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-18-3, 978-4-908810-32-9

…特に第三章「La Chambre Numerique」における写真論は傑出している。千慶烏子は、カメラのデジタル化によって過去のものとなる銀塩写真を取り上げ、この失われゆくテクノロジーから「物質的な感受性」をはじめとする非常に有効な概念を次々と拾い起こしてくる。そして、暗い部屋に横たわる「感じやすい物質」(これは写真装置におけるフィルムの暗喩であるが、それ以上に、人間というものを捉える新しい切り口である)がデジタルという空間に横断されてゆくさまを通して、デジタルというテクノロジーの内面化を行ってゆくのである。その思考を構成する概念の一つ一つが削り出しであり、ハンドメイドであり、千慶烏子のオリジナルである。先ほどのライト兄弟の喩えを続けるならば、飛行機を構成するプロペラ、高度計、筐体といったパーツからそれを留めるネジの一つ一つにいたるまで、千慶烏子は独力で作り出しているのである。現代思想に精通した千慶は、英語・フランス語を駆使して、彼の削り出しの思考をより普遍的なものにしようとしていることにも注意を促しておきたい。ここにもまた読者の皆さんは、忘れられた未来、あるいは過去の中に取り残された未来を見つけ出すことができるにちがいない。――このデジタルの内面化の過程を通して、実に驚くべきことだが、デジタルは人間的なものになる…

千慶烏子『ねじふりこ』

ねじふりこ

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-30-5, 978-4-908810-15-2

…千慶烏子のエクリチュールは、彼自身に由来するものと必ずしも彼自身に由来するとは言い難いものとを二つの中心にして、楕円の軌跡を描く。それは時には太陽の周りを回る惑星のように果てしなく長い楕円の軌道を描き、また時には所在なげな振り子が振られるように気まぐれな軌道を描く。千慶烏子は、その書く行為において「わたし」と「わたしならざるもの」とを二つの中心に持つ楕円の軌跡を描きながら、「わが国の自由詩の作品史にかつて現れたことがない」と評される、独自の文学空間を切り開いてゆくことになる。その端緒に位置するのが、1996年に出版された、処女作品の本書『ねじふりこ』である。ここではまだ後年の著作に見られるように、斬新な文学理論を構築したり、難解な術語を駆使して批評的言説を弄したりという高度なレベルには達していない。しかし、書くことの初々しい驚きと溢れんばかりの快楽に満ちている。千慶烏子の書くことのはじまりにあるのは、この溢れんばかりの快楽なのだ。本書の表題にあるとおり、甘いねじを締め上げたり、所在なげな振子に振られたりして、信じがたいような着想とともに、書くことの快楽が百余の詩篇に渡って疾走する。それはちょうど書くことの目覚めに遭遇した多感な少年が驚きをもってするように、みずみずしい快楽に溢れ、ほとばしるような快楽の名残りがテクストのいたるところに散乱している…

千慶烏子『クレール』

クレール

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-06-0, 978-4-908810-08-4

…千慶烏子の「わたし」は作者のもとに固定されておらず、作者と話者の間を、また作者自身の固有性と何らかの代弁者という性格の間を、あるいは剰余と欠落の間を、または彼岸と此岸の間を、あるいは実体と虚像の間を流動するのである。この流動する「わたし」に根差した方法論に千慶烏子のオリジナリティと決定的な新しさがある。(中略)このお互いの欲望を代弁し合う「わたし」の流動性、あるいはおのおのの名前を交換し合う「わたし」の流動性が、千慶烏子の一連の「代理=表象=上演」をめぐる方法論の根底にあり、本書を含むシリーズ作品でよりアグレッシブに展開されていると考えてもいいだろう。本書『クレール』においても、われわれの心の奥深くに潜んでいる何ものかが、あたかも名前を交換したわれわれ自身の鏡像であるかのように「わたし」を語り、神話的形象をまとってテクストの舞台に登場することになる。それは次のように言っても間違いではない。すなわち、それはテクストの舞台で「わたし」という仮面を付けて演じられている仮面の演劇である一方、またわれわれ自身が鏡を前に演じているような鏡像の演劇でもあるのだと。ここに千慶烏子のくらくらするような「代理=表象=上演」の空間が立ち上がる。そして、本書『クレール』では、この代理と表象をめぐる演劇的空間は、暗喩ではなく、文字通りの演劇的空間として出現することになる…

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