Adventurers

冒険者たち

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-17-6, 978-4-908810-23-7

死を見つめ、病を見つめ、これに打ち勝とうとする力――。本書は千慶烏子の癌闘病記である。実に素晴らしいできばえに仕上がっている。何も考えずに頁を開き、何の予備知識もないまま、のめり込むように書籍を読み耽るのが一番良い読み方ではないだろうか。皆さんが期待している以上のものを確実に本書は読者の皆さんに返してくれるにちがいない。この購読案内では、購読を検討している皆さんに向けて、多少の事実関係のまとめと読みどころを掻い摘んでお話ししてゆきたい。

本書『冒険者たち』は千慶烏子の癌闘病記である。千慶烏子は2019年の10月に咽喉部にガンが見つかり、翌年の3月まで入院加療を行なうことになった。治療は抗癌剤治療と放射線治療を組み合わせた化学放射線療法と呼ばれるもので、根治を目指して治療は行われた。多くのガン経験者が言う通り、治療は熾烈を極めたものであっただろうことは想像に難くない。本書に収録されている作品のほとんどは、この入院中に執筆されたものである。後になって闘病の足跡を振り返りながら書かれたものではなく、まさに病と闘うその現場で勇気を奮い立たせるようにして書き記されたものである。申し遅れたが、本書は2023年の本デジタル版(電書版・ペーパーバック版)が初版である。

千慶烏子はガンと闘う闘病の過程を「冒険」と呼んでいる。ただし、この冒険は「はるか遠方へと向かう冒険」ではなく、死というものがグロテスクに露出している「理不尽な場所からかならず生還しようとする」冒険の旅であると言う。この冒険の途中で目にする光景、つまりこの闘病の過程で逢着する光景が、実にイメージ豊かに、着想豊かに描かれてゆく。テクストは作者の述懐が一方的に綴られるものではなく、常に「君」という語りかけのもとで読者を巻き込みながら、言わば読者もこの旅の行程を共にするような形で、冒険の書は書き記されてゆく。そして「君=僕」の「闘病=冒険」の記録のあいまに、同じガンという死に至る病を患っている人びととの交流のさまが、まるで旅の途中でめぐりあう出会いと別れのように、印象的な筆致で挿入される。本書の表題が「冒険者たち」と複数形になっているのは、同じ病を共有している人たちへの共感があるからこそであろう。さらに、作品が展開してゆくにつれ、テーマは病というあり方を通して、人間の実存的なあり方へと深まりを示し、限られた時間の中でしか存在することのできない人間が、いかに「いま」という時間を生き生きとしたものにし、さらにそれをいかに豊かに未来に繋いでゆくかという人間的営為そのものを、つまりは人間の「生きる」という営みそのものを、作者は冒険という言葉で表現しようとしていたのだということに気づかされることになる。表題にある「冒険者たち」とはまさしく「人間たち」なのである。作品は、病と闘う冒険の旅を通して、一人の人間の成長を描くとともに、広く人間というものへの深い共感と理解に基づいて、その実存的なあり方を生き生きと描き出し、読者に勇気と希望を与えつつ、実に感動的な終結部へと向かう。本書のテーマはヒューマニズムであると断言していい。

次に、作品の形式に関して言及しておきたい。作品は一編ごとにまとまりがある作品集という形式をとっているが、雑多な詩編の寄せ集めではなく、始まりがあって終わりのある、書物という単位で構成される長編的構成を取っている。一編の詩を書くことはそれほど難しいことではないかもしれない。しかし、それを一冊の書物にわたって展開してゆくことは至難の業である。このような一連の流れのある作品の形式を「ポエトリー・サイクル(poetry cycle)」と呼ぶ。千慶烏子の文学上の特徴を簡潔に示すならば、一編の作品をイメージ豊かに描き出す表現力と、それを一冊の書物にわたって力強く展開してゆく構想力がその特徴であると言ってよい。本書では、彼の特徴を活かしたこの「連作集(サイクル)」という形式が、そのテーマや内容にうまく嵌まったと言えるだろう。本書には、二六通りの書き出しがあり、二六通りの展開があり、二六通りの締めくくりがある。そして異なる二六編の作品から構成された、始まりと終わりのある一冊の書物がある。一編ごとの作品はもちろんだが、「君」という語りかけから始まる一冊の書物がどう展開し、どういう締めくくり方をするのかもまたご覧いただきたいところである。

改めて言うまでもないことだが、千慶烏子の作品は、紙と電子とを問わず、すべての本がただちにご購入いただける。これらの書物はみな読者に向けて開かれた書物である。本書もより広く、よりたくさんの人びとが読書の楽しさや豊かさを享受することができるよう、平明で読みやすい日本語で書き記されている。難解ではないかと危惧する方がいらっしゃるかもしれないが、安心してご購読いただいていい。

詩人が詩を書く意味とは何か――。しばしば問われるこの抽象的な問いかけに対するきわめて具体的で明瞭な回答を読者の皆さんは本書に見いだすことができるだろう。千慶烏子の初期の代表作が『やや あって ひばりのうた』であるとするならば、中期の代表作は本書『冒険者たち』になるのではないだろうか。いずれの作品も、詩人が彼自身の切実なテーマと向き合い、渾身の力で格闘している力作である。その揺るぎない完成度はもちろんのこと、どちらの作品も書物それ自体が「詩人が詩を書く意味とは何か」に対する素晴らしい回答になっていることに注目したい。本書に関して言うならば、誰もが容易に想像できる「痛い・辛い・苦しい」から、これだけ豊かな文学空間が立ち上がっているところに、一人の詩人の文学的達成はもとより、人間精神というものの豊かさや強靭さのようなものを読者の皆さんは見出すことができるだろう。また、書物を通して冒険の旅を共にしてきた読者の皆さんは、本書を締めくくる最後の一行に、大きな確信に満ちた希望と清々しいカタルシスを感じ取るにちがいない。本書にあるものをずばり一言で言い表すならば、それは「詩の力(poiesis)」である。それは、その詩的創造の過程において、詩人がみずからをその力によって目覚めさせ、奮い立たせ、立ち上がらせるような力であり、困難な状況を生きられるものにする力である。

闘う勇気を必要としている人、漠然とした不安に苛まれている人、疫病と戦争の時代の冷めやらぬなかで深く傷ついた心を持ちあぐねている人、時代に押されて嘆きの言葉の絶えない人は、まさに本書にみなぎる溢れんばかりの「詩の力」を汲み取って、いくばくかの力にしていただけたら幸いである。全編にわたって「詩の力」がみなぎっている傑作である。本書は、病と闘う人だけでなく、あらゆる人びとに向けて書かれた書物である。(P.P.Content Corp. 編集部 2023年電書版・ペーパーバック版解説)

BOOKS

千慶烏子『冒険者たち』

冒険者たち

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-17-6, 978-4-908810-23-7

事の起こりはこうだ。ある晴れた日の朝、君はどうしようもない不安と焦燥に駆られて、あてどもなく医師の門を叩く。いくつもの関門を潜り抜け、受付の前に受付があり、受付の中にも受付があり、また受付の後にも受付が続くような不可解な構造をした待合室でさんざん待たされたあげく、ようやく診察室に招き入れられると、君はこう告げられるのだ、癌ですってね。ここで君の人生の設計図は大きく狂う。望むと望まざるとにかかわらず、僕たちは突如として冒険に駆り出されるのだ。朝の日差しに美しく輝く流線型のポップアップトースターからこんがり焼けたトーストが吐き出されるところをじっと眺めている君が…(本文より)

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千慶烏子『やや あって ひばりのうた』

やや あって ひばりのうた

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-03-9, 978-4-908810-10-7

男は鳥の滑空についてわたしに語りはじめるだろう。防波堤と時のゆるやかな腐食について男はわたしに語り聞かせるだろう。男の胸にゆだねられたきささげの白さを、男の胸にかさねられたわたしの胸の透けるような白さを、それとも男は愛したのだろうか。それとも騎乗する肉体のたけだけしさを男は愛したのだったろうか。ときおりその口唇にあたえられ、あたえられてはのがれてゆく乳房のはずみ、ときおりその口唇をあかるませるわたしの胸のあわい暈、その乳暈にくれそめた午後の日のおだやかな翳りを男はいっそう愛したのだろうか。肩からおちる髪と海のにおいをそれとも男は愛したのだったろうか…(本文より)

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千慶烏子『クレール』

クレール

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-06-0, 978-4-908810-08-4

思えば、あの日はじめてサーカスの馬屋で見た中国男がわたしに微笑みかけることをせず、罌粟の咲き乱れる裏庭の片すみで、弦が一本しかない中国のセロを弾いてわたしたち家族を感嘆させることもなく、柔らかいなめし革のような肌を輝かせてわたしの手にうやうやしく接吻することもなく、そのまま馬に乗ってこの小さな村から出て行ってくれたのなら、どれほどよかったことだろうか。葡萄摘みの女たちがまだ早い新芽をいらって夏の収穫に思いをはせるころ、時おり吹く風に初夏の緑が柔らかな若葉をめぐらせるころ、はるか西の果てに海洋を望むアキテーヌの領地に幌を寄せ、どこか物悲しいロマの男たちの奏でる音楽に合わせて…(本文より)

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